2009年3月22日日曜日

第2回「驕り」

 作者:崋山宏光へメールする!
 鞘のままの日本刀を振り続けて尚三は息が切れ肩を怒らせたままだらりと両腕を下げ強く歯ぎしみをする。奥歯が噛み砕かれそうなほど顔面仁王ののような形相になってゆく。暫くして肩の力が抜けたように見えて背中が丸みをおびた。その変化に加えて尚三は顔面に込められた悪意が和らぎ吊り上った瞼がまるで重力に引かれるようゆっくりと閉じてゆく。上の瞼が下の瞼に到達する寸前右足の膝が崩れた。崩れてうなだれ、うな垂れたままで目を見開いていた。闇に慣れて目が畳の筋を読む。その畳の筋にひとつふたつと零れるものがあった。闇の中の尚三の瞼の中は愛惜の泉が沸きあがっていた。澪への想いがとめどなく湧き上がる。どんなに見栄を張り、虚勢を借ってみようとも澪を手放すことなど今の尚三にはありえない。澪と始めて出遭った日々の一つ一つが澪と交わした約束の一つ一つが尚三の人生を形成し成長させてくれた。澪が在って今の自分が在る。十分すぎるほど尚三はいつでも自覚していた。自覚しながらも自分に甘え、澪に甘えて生きた。その結末があっけない決別の幕を思いもよらないところで思いもよらない時期に思いもしなかた最愛の相手に引かれてしまった。まさか、と思っていた。ここまで立身出世した男を見限る女がこの世に存在するはずが無いだろうと奢っていた。驕りが仇となった。愛を欠いている行為であったことが見えてきた。悔しかった。日本刀を手に暴れているときは振り向かない澪の心に悔しさを募らせていたが大暴れして空虚のなかで猛省を迫られる自己の真実と向き合い振り返ってみると己の心の卑しさや汚さが新たな尚三の悔しさの源泉であった。その汚れた泉が闇の中で二人の愛の巣であった畳の中へ吸い込まれて少しずつ浄化してくれた。鞘のままの日本刀を首に支えとしてしがみ付いたままで尚三は汚れた過去を洗い流していた。

続く・・・

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