2009年3月27日金曜日

第3回「感情」

 作者:崋山宏光へメールする!
 理屈では解っていた澪に指摘されるまでも無かった。道理ぐらい物心ついた時から解っている。十分すぎるほどに・・・。だが道理や理念を前にかざして生きていては成り上がれなかった。澪を幸せにするためにも成り上がる必要が尚三にはあった。だからそれがたとえ道にはずれたことでも目を瞑って突き進むしかないと思って生きた。上まで登ればどうにかなる。澪の心変わりに期待した。だが来るところまできて登るところまで登りつめて澪を待ってみたが結局去っていった。尚三は己自身の安易さ曖昧さを恥じた。結局のところ澪の心を掻きまわして苦しめ続けてだけだったのだろうか。尚三にははっきりとした澪の気持ちが見えているつもりだった。それが見事にすれ違っていて二人が向かう希望の明かりが別の場所にあった事を知った。今となっては自分だけでも振出しへたち戻るしか修復の術は無い。嫌修復はどんなことをしても不可能かもしれないと思った。いままでに三山と澪のことを裏切り続けてきた自分に腹が立つ。澪に詫びなければすまないことに気づいたがもう遅いのかもしれなかった。捨てられて初めて知った。まるで幼い子供のようだと思った。情けない思いと澪に詫びたい思いが湧き上がった。泪が乾いて止まった。ゆっくりと瞼を閉じた。脳裏に澪を罵声し暴力を振るっている鬼のような形相をしている自分の影が蘇えった。辛かった。絶えられないほどの屈辱感を澪に浴びせ続けていた自分に気がつき出した。今まで一体何が自分に足りないもであるのかを澪が明確に教えて自分の前から去った。その事実から尚三は逃れ出ることはできないのだ。はっきりと心に澪の言葉が蘇えった。「今の仕事を辞められんとね?」と尚三に問う澪のそう言う言葉を何度耳にしたことだろう。その都度尚三は澪に答えていた。「貧乏はいかん。貧乏は人間を腐らせる。」そう言い続けて突き進んで生きて来た。それが今はっきりと間違いであることを尚三は悟った。自分のこれまでの姿に愕然となった。金を手にして腐ってしまっている自分に気づいて驚いた。澪が其れを尚三に教えて去っていった。何度考えても結論はそこに行き着く。尚三は両手を畳に落とした。首が肩をすり抜け頭がうな垂れて畳をこすった。尚三はそのまま畳の上に転がって呆然としていた。 つづく。

2009年3月22日日曜日

第2回「驕り」

 作者:崋山宏光へメールする!
 鞘のままの日本刀を振り続けて尚三は息が切れ肩を怒らせたままだらりと両腕を下げ強く歯ぎしみをする。奥歯が噛み砕かれそうなほど顔面仁王ののような形相になってゆく。暫くして肩の力が抜けたように見えて背中が丸みをおびた。その変化に加えて尚三は顔面に込められた悪意が和らぎ吊り上った瞼がまるで重力に引かれるようゆっくりと閉じてゆく。上の瞼が下の瞼に到達する寸前右足の膝が崩れた。崩れてうなだれ、うな垂れたままで目を見開いていた。闇に慣れて目が畳の筋を読む。その畳の筋にひとつふたつと零れるものがあった。闇の中の尚三の瞼の中は愛惜の泉が沸きあがっていた。澪への想いがとめどなく湧き上がる。どんなに見栄を張り、虚勢を借ってみようとも澪を手放すことなど今の尚三にはありえない。澪と始めて出遭った日々の一つ一つが澪と交わした約束の一つ一つが尚三の人生を形成し成長させてくれた。澪が在って今の自分が在る。十分すぎるほど尚三はいつでも自覚していた。自覚しながらも自分に甘え、澪に甘えて生きた。その結末があっけない決別の幕を思いもよらないところで思いもよらない時期に思いもしなかた最愛の相手に引かれてしまった。まさか、と思っていた。ここまで立身出世した男を見限る女がこの世に存在するはずが無いだろうと奢っていた。驕りが仇となった。愛を欠いている行為であったことが見えてきた。悔しかった。日本刀を手に暴れているときは振り向かない澪の心に悔しさを募らせていたが大暴れして空虚のなかで猛省を迫られる自己の真実と向き合い振り返ってみると己の心の卑しさや汚さが新たな尚三の悔しさの源泉であった。その汚れた泉が闇の中で二人の愛の巣であった畳の中へ吸い込まれて少しずつ浄化してくれた。鞘のままの日本刀を首に支えとしてしがみ付いたままで尚三は汚れた過去を洗い流していた。

続く・・・